2019/10/30
子供なりに戦った(後編)
準備を全て終えた翌日は朝から快晴だった。
ランドセルを開けて持ち物を確認しながら
O先生の不適切対応を全て書いた自由帳が入っているか確かめる。
私は毎朝仏壇に手を合わせてから登校していたが
その日は家族の無事をお願いした後「上手くいきますように」と付け加えた。
いつもの通り登校していつものように授業を受けた。
O先生は相変わらずだった。
「これ分かる人?」と難しめの質問をして数人が手を挙げても迷わずT田さんをご指名。
T田さんが答えると「T田は本当に賢いな」と口元をゆるめてほめ上げる。
いつもならイラっとするところだけど
今日は やっぱり言うしかないというGOサインに思えた。
給食が終わると、昼休みのドッチボールはパスして教室に残った。
自由帳を読み返す。読み始める前になんて言ったらいいのか考える。
「何読んでんの?」
不意に後ろから声がした。
M橋くんだった。
M橋くんは 今一番気になるのは田中角栄と日中関係というちょっと変わった五年生だったが
誰も思いつかない切れ味鋭いギャグで一目置かれる存在だった。
M橋くんと私はUFOについて語り合うと誰よりも話が弾む間柄だ。
M橋くんなら言っても大丈夫な気がして
「帰りの会でこれを読み上げようと思う」と自由帳を渡した。
M橋くんは真面目な顔をして読んだ後
「Oのやること、なかなかひどいもんな」と言いながらノートを私に返した。
彼は少し考えた後こう言った。
「これ読むの、帰りの会じゃなくて職員室にしたら?
他の先生にも3組の問題を知ってもらう」
「えっ!?怒られないかな、他の先生が止めに来るとか」
「大丈夫、これ事実しか書いてないから。
怒られる理由どこにもない」
「うーん…」
「やりにくいんなら一緒に職員室行ってもいいぞ」
「ホント?だったらそうしようかな」
思いがけず頭脳派の味方ができてがぜん心強くなった。
職員室に行くタイミングを相談していると、近くにいた女子一名と男子一名も一緒に行くと言ってくれた。
不満を感じていた子は実は結構いたのだ。
一緒に下校している隣のクラスのマリちゃんの所に行き
今日は先生と話があるから先に帰っててねと伝えた。
5限6限の授業が終わり、帰りの会が終わり
O先生は廊下の向こうに消えた。
他の五年生の先生たちも職員室に戻ったのを確認して四人が集まる。
緊張しながらもハッキリした声で「行こう」と同行男子が言った。
「止められないように礼儀正しくいこう」と同行女子が言う。
彼女とは以前も同じクラスだったことがあるから
私が短気なのを知ってて さりげなく注意を促してくれたんだろう。
四人で教室を出て無言で歩く。
帰りのざわめきの聞こえる廊下を通りながらお守りのように自由帳をぎゅっと持ち直す。
「失礼します」と言いながら職員室の引き戸を開ける。
O先生は机に向かって印刷物を読んでいたが私たちに気づくと顔を上げて「何か用事か?」と言ってこちらを向いた。
私とM橋くんが先生の前に立ち二人がその後ろにいる形になった。
私は息を吸い込んで少し大きい声で口火を切った。
「O先生にお願いがあるのでここへ来ました。
T田K子さんばかり特別扱いするのをやめてほしいというお願いです。
先生のえこひいきのせいで5年3組全体が嫌な思いをしています」
前後左右の先生の耳にも入る声のボリュームを心掛けた。
「T田さんは 自分は先生に気に入られてるから何をしても許されると思っているのか
校外学習でも班行動を勝手に抜けて仲のいいYさんとどこかに行っていました。
二人は集合時間に遅れたのに謝りもしません、
怒られもしません。そして何も悪くないのに3組の女子全員が注意されました」
O先生はうつ向いた状態で黙って私の話を聞いていた。
4組のおばちゃん先生がO先生のすぐ後ろに来て話を聞き始めた。
斜め前の六年生の先生もこちらを見ている。
提出物などでたまたま職員室にいた他のクラスの生徒も近くにやって来た。
M橋くんが両手を合わせたお願いポーズを皆に向けて
話が終わるまで何も言わないでやってと私に加勢してくれていた。
O先生はうつ向き気味で「先生そんなに不公平なことしてたかな」と呟くように言った。
そうやって気のせいとか気にし過ぎとか言い逃れできないよう こっちは準備してきたのだ。
私は時間をかけて書いた自由帳を広げて読み上げた。
「○月○日 算数で90点以上が三人いたのにT田さんだけをほめる
○月○日 一班全員が掃除をサボったとき一人ずつ名前を呼んで怒られたのにT田さんだけは名指しで怒られることがなかった
○月○日 T田さんが邪魔と言って△△さんを突き飛ばすように廊下を歩くのを見てもO先生は無言
○月○日……」
読み終わって顔を上げるとギャラリーが増えていたのでちょっとビビッたけど
「以上です」と最後までハッキリした声で締めくくった。
O先生はこちらを向いていたけど目は伏せたまま
「そんなにみんなが嫌な思いをしてるとは気がつかなかった、
申し訳なかった」とボソボソした声で言った。
「明日からこんなことのないようお願いします」
私が頭を下げると、一緒に来てくれた三人も一礼した。
失礼しますと出口で伝えて職員室の戸を閉める。
「終わったー!」なぜかみんなで握手し合う。
やり切った感で体が空っぽになった気がしてヘナヘナした歩き方になる。
「みんなついて来てくれてありがとう
明日私のせいで怒られたらゴメン」
「気にすんな」「私も同じこと思ってたんだし」
昇降口を出るとマリちゃんがウサギ小屋の前で待っていてくれた。
毎日帰り道でその日のことを話す仲 もちろんO先生のことは知っている。
ギャラリーから一部始終を聞いたのか私を見るとニヤっと笑って迎えてくれた。
「決闘終わったの?」
「うん、勝ったのか負けたのかまだ分からないけどね」
暴力も悪口も使わない
えんぴつ一本だけで戦った決闘が終わった。
翌日、朝の会でO先生は連絡事項を伝えたあと
「自分でも気付かないまま不公平なことをしていたようなので これから気を付けたいと思う」と淡々とした感じで言った。
体育の始まる前、女子だけになったとき
T田さんとYさんは班行動しなかったことをみんなに謝った。
役員に立候補したりしない地味生徒なのに職員室をざわつかせてしまった私のことを、
M橋くんはふざけて「黒幕」と呼んだ。
ひいきのない5年3組になって数日が過ぎた頃、
家に帰ると母親が
「○子 職員室で何をしたのよ?」と不安そうに尋ねてきた。
同級生のお母さんにでも聞いたんだろう。
私は自由帳を見せて
「間違ってないでしょ?ケンカしに行ったんじゃないって分かってくれた?」と言った。
「間違ってはいないけど…
こんな性格でお嫁さんにもらってくれる人がいるのか心配だわ」
と学校生活に全く関係のないことを言い出す母。
心配するとこズレてるよお母さん…という気持ちと
怒られずに済んで良かったという気持ちで力が抜けた。
この件で私たちに注意をする人は先生にも保護者にもいなかった。
職員室に乗り込むのは向こう見ずな行動だったかも知れないけど
子供なりに一生懸命訴えたことを抑えつけたりせず耳を傾けてくれる、
周りにいるのがそういう大人だったのは幸せなことだったと思う。
お読みいただきありがとうございました