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かまってちゃんの空振り


職場の同僚にいつも構って欲しそうな人がいた
歌が趣味だったから仮にコーラスさんとしておく。

それくらいの不調や悩みなら誰でもあるよ程度のことを大袈裟に言って注目されようとするのが常だった。
どこそこが痛い・何々のことで悩んでて落ち込んでる・なんとなく調子が悪い…etc.😅

私は個人的なこと しかも楽しくないことを公の場に持ち込んだり、ネガティブな空気に他人を巻き込むのが好きではない。
そもそもコーラスさんは夫も子供もいるのに 何故そんなに同情乞食をするのか謎だったが
一応べったりもせず離れもせず ほどほどに友好的な関係をと努めていた。

でもコーラスさんは 後輩が私の方に来て
「○○さん聞いてくださいよ~」と話をしに来ると表情が固くなるように見えた。

私の誕生日に後輩たちがおめでとう🎂✨を言いに来てくれた時も面白くなさそうな様子で
「○○さんてファン多いのね、でも広く浅くより大事な繋がりがある、私には親友がいるから」
みたいなことをわざわざ言いに来た。

十年二十年の付き合いになる友人 何人もいますけど…と思ったけど黙っておいた。
それでコーラスさんが勝った気分になって元気に過ごせるならそれでいいだろう。


その誕生日以降
後輩が私に話し掛けに来ると、コーラスさんは「あっ△△さん、お話したいと思ってたの」と割り込みに来るようになった。

ゴッホが好きな者二人(後輩と私)がいる所に、絵画の話をしたことのないコーラスさんが割り込みに来る、
海外生活経験者同士が「あっちはそういうのあるよねー」と喋っていると
海外に行ったことないのに無理やり入ってくるコーラスさん…。🙀

何人かで雑談中 話題になったマンガがたまたま私が詳しいもので へーそうなんだぁと話が弾んでいるとき、
突然コーラスさんが「私それ全巻持ってる!」
返答に困るみんな…。

かなり不自然だったけど彼女なりに思うことがあってやっていたのだろう。
“私を見て 私の話を聞いてよ、なんで○○さんの方になんか行くわけ!?”というところか。🙄

後輩がクレームなどで困ってる時に知らん顔なのに 後輩人気が欲しいって何だかなぁ…と思ったのは誰にも言わないでおいた。

職場とは関係ない年上の女性に こういうことをしてくる人がいるんだけどと話すと
「幼稚な嫉妬」という分析で 放っておくことを薦められた。


いい大人が構ってちゃんをやる原因て何だろう❓

🔹幼少期に親から十分に愛情を受けてないため、
自分を気にかけてほしいという潜在的欲求がある
🔹大人になりパートナーを得ても粗雑に扱われている等
「自分は大切にされている」という満足感を得たことがない
🔹自然に人を引き寄せる人間的魅力・外見的魅力はないが注目されたい欲求だけは強い
 …などが考えられる。



🏢 ある朝、後輩の女の子たちが前夜の女子会の話で盛り上がっていた。
コーラスさんは不参加だったけど例によって話に入って「わぁいいな」なんてやっていた。

私がいるのに気がついた後輩がこちらに声をかけた
「昨夜はありがとうございました、楽しかったです♪」
「○○さんがあんな面白いって知って何か親近感」
いえいえこちらこそ~。😃

コーラスさんが凍りつくのが分かった。
さっきまで笑顔で合いの手を入れてたのが嘘のように急に無言になった。
彼女の悔しそうな沈黙に声をかける人はいなかった。

自分は行ってない後輩ばかりの集まりだから当然あの人も無関係、と思っていたのかも知れない。
会話の割り込みに精を出して 後輩と私の分断に成功した気分だったのかも知れない、
でもそれは徒労だったのだ。

それ以来コーラスさんが会話に割り込みしてくることは一切なくなった。
嫌味を言いに来ることもなくなった。☺️

今はどこで何をしているのか知らないし知りたいとも思わない。

でも周囲のためにも、可哀想な私アピールは直っていてほしい。
大人はやらなきゃいけないことが沢山ある。

“私は傷つきやすいの 何か気分の良くなること言ってほしいの”と甘えた空気を出すオバサンの
悲劇のヒロインごっこに付き合うヒマなんてないのだ。🙅

某お笑い芸人も言っていた
「自分の機嫌は自分で取って」


 
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エイジレス美女もしているスキンケア


4~5年前から春先になると少しだけ顔の赤みや痒みを感じるようになっていた。

花粉症などではない。
皮膚科でもらった薬を使うと症状は収まるが根本的な改善にはなってない気がしたし、塗り薬のべったりした感じが苦手だった。
 
何も塗らない顔をじっと観察すると、敏感になってるというか肌のバリアが薄くなっているように見えた。

ある日、いつものようにシャンプーをして洗い流してスッキリした後
これだけ頭皮の脂を取る力があるんだから顔の潤いも奪ってるのかも…と気がついた。
顔に泡がつかないように気をつけても、全くシャンプーが流れてこないようにするのは無理だ。

そう考えてお風呂に入る前に、少し保湿ジェルを顔に延ばしてからシャンプーすることにした。
ほんの2~3秒の手間だしジェルは洗い流されても惜しくない値段のもので面倒さは全くなし。

これが自分には合っていたのか、その年の春から皮膚科に行かずにすんでいる。

雑誌やネットの美容記事でそんなスキンケアを推奨してるのは見たことないけど自分が良ければそれで良し、と自己満足に浸っていたら
テレビに出ていた熟年女性の美人コンテストで優勝した50代の女性も同じことをしていた。

インタビュアーは「お風呂に入る前にスキンケアですか?流されちゃいますよね」と言っていたが
上品な雰囲気のその女性は、いえいえコレがいいんですよとにこやかに答えていた。

若い時は取り去るスキンケアを重視していたけど、大人になると守ることも大切だなと実感した。






夏の記憶と高野山


父に持病があった関係で、私には家族旅行の思い出がない。
それでも2回ほど旅行らしいことをしたのが母について行って宿坊に泊まった高野山行きである。

当時母は、本を出したりテレビに出ている大学教授兼僧侶みたいな人の話を有り難がっていて、その人の講話がメインだったが
子供だった私には当然話の内容なんて記憶にない。

でも 下界から離れた澄んだ空気や宿坊の庭園の美しさはすごく好きで居心地が良かった。
することがなくても退屈と感じず 精進料理も美味しくいただいていた。

朝、誰よりも早く目が覚めてしまい朝靄の中を一人で散歩した。
穏やかな光が射す静かな木立の中で深呼吸すると、心の中の空気も清冽なものに入れ換えられたようで気持ちが良かった。


それから20~30年が過ぎ、結婚してからの家族と夏の高野山に行った。
今回は戦国武将のお墓に行くのが主な目的だった。

初めて来た子供の頃よりは歴史の知識も増えているし、供養されている方々の重みを感じながら歩いた。
無念だったろうという亡くなり方をした人の墓の前ではそっと手を合わせ深く頭を下げる。

それにしても。
外国人観光客が増えているのはあちこちで実感するが、こんな山奥まで来ているとは思わなかった。

他の観光地に行くのはまだ分かるが、高野山は城も忍者もキモノガールも見られない地味な場所である。

30代くらいの欧米人夫婦と5~7才位の子供が来て楽しいんだろうか?
子供は「こんなマクドナルドもない所なんてヤダ」とぐずったりしないのか他人事ながら心配になった。

歴史に名を残す者の供養塔が並ぶ奥の院にも、色んな国の旅行者がいた。
誰の墓かスマホで確認するような仕草をしてはパシャパシャと写真を撮る。

若い日本人旅行者もパシャパシャと忙しそう。
「これ信長の墓」なんてコメントつけてインスタグラムに上げるんだろうか?

あらゆる才能と先見性を持った空海も、さすがに高野山がこんなふうになるとは予想できなかっただろうな。

でも人が増えた高野山なんて…とは思わない。
歩いているうちに、自分の中の煤のようなものが抜けていく気がするのは当時と同じだった。







独特すぎる視点


私の文章が初めて不特定多数の目に触れる場に上がったのは、某新聞の読者投稿欄だった。

今のようにSNSで自分の意見を発信することが普通ではない頃で、
掲載の連絡と図書カードが入った封筒が届いた嬉しさを今も覚えている。

政治や社会について一言という欄ではなく、
読者が日常生活の中で出会った出来事を綴る穏やかな雰囲気のコーナーだ。

私が原稿用紙に書いたのは、
言葉を覚えたばかりの子供と書店に行って絵本を選んでいたら子供が面白いことを言ったというエピソードで
他愛ない日常の中で子供は大人と違う景色を見てるんだなと感じた…という内容である。

自分の書いたものが本当に新聞に載ってるー!という興奮の余韻が残っている午前11時頃、自宅の電話が鳴った。
件の新聞社からだ。

「あの原稿にあった会話の後、絵本を購入しましたか」
え?と思いつつ
「買いました。文字数が足りなくて原稿には書いてませんが…何かおかしかったですか?」

私の投稿について読者から電話があったらしい。
「お店の本を見るだけ見ておいて買わないなんて非常識じゃないか」という御意見だったという。

予想外の反応でびっくりした。
“子供ならではの発想から出た言葉に心を動かされた”という本題と全く関係ないところをフォーカスして、わざわざ新聞社に電話する人がいるのかーと思った。
世の中には色んな人がいるんだなあ。

絵本の精算のことなんて触れてなくても問題ないから新聞社も掲載したのだろうが
電話した人(あるいはヒマな人)にとっては大問題だったのかも知れない。
新聞社の人はこんな電話に対応するのも仕事なのか、私の原稿のせいで何かすみませんという気持ちになった。


同じような例を、誰かが悩みを書き読者たちがコメントする女性用サイトで見たことがある。
友人との距離感についての相談だった。
「…というわけで旅行のお土産の化粧品を渡して以来、その友達とは会っていません」
相談者の友情とは何の関係もないが、たまたまその化粧品の固有名詞が書かれていたせいで噛み付く人がいた。
「その化粧品、日本でも買えるじゃない。なんで海外行ってそんなお土産買うのよ!」
え、問題点それ?友人との関係についてのアドバイスは無し?と軽く呆気に取られた。
 
自分のようにたった一度の掲載でも主題そっちのけの指摘をする人が現れるのだ。
書くことを仕事にしてる人や読者の多いブログを運営してる人はかなり厄介な目にも会っているだろう。
それでも怖じ気づくことなく、自分の名前を明らかにした上で何年も書き続け発信を続ける人がいる。
自分と考え方が異なっていても、そういう人を見ると素直に凄いなぁと思う。








ノースリーブは持ってない


インナー以外でノースリーブの服というものを持っていない

人前に出せるような二の腕ではないせいもあるけど単純に寒い。
真夏でも映画館やスーパーの中など寒いなと思うことが割とある。

「上着を着たり脱いだりするくらいならずっと半袖でいたほうが面倒がない」という考えがオシャレ魂を上回るのだ
(年と共に面倒くさいことは避けがちになる)


ノースリーブと言えば気になるのがフォーマルなドレス。
ドレスの上にストールやボレロを重ねているのをよく見るけど
レッドカーペットに登場する美女を見ても分かるように、ドレスは一枚で着るから素敵に見えるのに…と思う。

教会での結婚式などは肌露出NGとかマナーもあるし二の腕は隠したいのも分かるが、やはり洗練された印象にはならない。
とくにボレロとか極端にショート丈の羽織りものは大人で似合う人は少ない。

友人の結婚ということで
袖のあるドレスってないの?と思っていたら
メーカーも分かってきたのか最近は半袖や七分袖のドレスも増えてきた。

袖部分をレースにしたり透け感を出して 袖ありでも重くならない女らしいデザインになってる~
とテンションが上がって結婚式の日もハッキリしてないのに買ってしまった…。

叶姉妹やデヴィ夫人のような知り合いもいないので、友人が「やっぱり入籍だけにする」と言えば終わりである。
でも、本当に使うのか怪しいものを買ってしまうことについては常習犯なので特に気にならない笑


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ロールモデル


実年齢より○才若く見られたい!と頑張ることはないけど、
どうせなら感じよく年齢を重ねたいので、美しく年をとるには という類の本や記事を読んでいたことがある。

その時にしばしば聞いた言葉が
「五年後十年後、こんな人になっていたいというロールモデルを持ちましょう」というもの。
お手本とか見本になる人を決めておくことが大切という。

しかし素敵だなと思う人は身近な人にも有名人にもいるが「こんなふうになりたい」というのはなかなか難しい。

茶道の先生など70代でも品のある美しさで それでいて話すと楽しいところもある方だったが
着物が日常の中にあるような和の美人で自分とは方向性が違う。

有名人にも自分より年上の素敵な女性がたくさんいるが
芸能人だと私生活のゴタゴタが耳に入ってきたりテレビの番宣で下らぬことをさせられるのを見るせいか 
憧れとか真似したいという感じが持てない。

しかし、色々読んでみてどの著者も説くのが
『自分は 可愛いタイプかカッコいいタイプかだけでもハッキリさせておきましょう』ということ。

確かに大まかでも軸があれば、服を買うときや化粧品の色に悩むことも随分と減る。
タレントなどを見ても大体どちらかに分類することができる。

自分はもう20代前半から明らかに可愛いものは馴染まないと分かっていたので、その辺の迷いは全くなかった。
(でも買い物の失敗がないわけではない)

ロールモデル云々関係なく若いときより素敵だなと思うのは、モニカ・ベルッチ
イタリアの宝石と呼ばれる才色兼備の女優で
若い時と変わらない女らしさやスタイルの良さだけど
子供を持っても老け込むことなく母親らしさを隠すでもなく
母性を上手く包容力という感じの魅力に変えているなと思う。

もうひとりはイギリスの女優、ヘレン・ミレン
映画「黄金のアデ―レ」で気が強いのにとてもチャーミングでオシャレなおばあちゃんを演じていて好きになった。
モニカがロングヘアの大人美女代表なら、ヘレンはショート美女代表
クイーンの役がハマるノーブルさと辛口な発言をするエッジィなところが魅力
貴族出身の不良みたいな、尖ってても品がある雰囲気。

二人とも年相応のシワもあるけど美しい印象を少しも損ねていない。
医者の手を借りて若返ろうとして不自然な顔になっている女性より
こういういい生き方してきた証みたいなシワを持つ人に近づきたいなと思う。






   












バッグというパートナー


時々「小さいバッグがオシャレ」と財布とスマホだけしか入らないようなバッグを推しているのを見る。

可愛いけど、大きい荷物とは別に貴重品だけを身につけておきたい旅行の時くらいしか私は使うことがない。

個人的にはハンカチも化粧直しする道具も持たないで出掛けるというのはだらしなく思える。
財布とスマホだけあれば困らないと言う人は、一人で歩いているとき鼻水が出てきたらどうするんだろう?

「荷物多くない?私なんてこれだけ」と言う人が友人にもいたが、
あるとき靴擦れで歩けなくなり 私の持っていたバンドエイドに助けられてからは全く小荷物自慢をしなくなった。

仕事用ではないバッグは大きくも小さくもない
横30㎝×縦25×マチ10くらいがちょうどいいけど、
本革で余計なデザインが施されてなくてこのサイズというのがなかなか見つからない。
中身が見えない形というのも譲れない条件。

オーダーで作ろうかと考え工房に問い合わせしたことがあるが五万くらいと言われた。
ブランド品のバッグに比べれば高くはないけど
普通の主婦が普段使うのに妥当な価格とも思えず
それだけ出して何か違うという仕上がりだったら辛いなとも思ってやめた。

ちなみに一目惚れした布があって、それをバッグにしてもらった時は7000円だった。

物欲旺盛な独身時代、旅行先で調子にのってシャネルのバッグを買った。
黒革のシンプルなショルダーバッグ。

いいものは飽きないから何年でも使えるとよく言うが私は飽きた。

2~3年したら持っても気分が上がらなくなって
国内のアパレルメーカーの新しいバッグの方がお気に入りになった。
日本製バッグの方がファスナーの滑りの良さやポケットの付け方など使いやすいというのもあった。

高額商品を賛美するときの「一生もの」という言葉は、自分には当てはまらなかったらしい。
冬眠中のシャネルに復活の日が来るのかどうかは不明。

時々街で年季の入ったヴィトンなどを持ってる女性を見かける。
20年以上前、JJやCanCamが「お店にあったら迷わずゲット!」と煽っていた当時人気のタイプだと懐かしくなる。

ハイブランドの商品は現在も普及している物もあるけど、
これを持ってるってことはバブルの頃20代だったのね…と思わせる商品もあるのだ。

せっかく買ったブランド品なんだし、物を大切にして長く愛用するのは素敵なこと。

だけど 髪も肌も手入れが行き届いて今風の服も似合う若々しい外見なのに、
バッグで年齢が分かってしまうのは残念な気もする。




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普段使うバックは 肩に掛けるタイプのほうが好き
買い物した袋を持ったり夏は日傘を差したりするので。
メーカーはサロンドアルファード



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海外ブランドのバッグもいいけど、日本のものは細部まで仕上げが丁寧できれい
メーカーはハマノ



こちらはZAKKA BOX
本革で20000円切っているのはお買い得かも
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女の友情


近所に写真や動画の背景に良さそうなオシャレな感じの建物がある。

ある日、そこで20代半ばの女の子二人が自撮り棒を使って何か撮影していた。
結婚する友人へのメッセージらしい。

出席しない代わりに動画でお祝いを伝えるらしいが二人の息が合わなかったり噛んだりで何度か撮り直しをしていた。

「○○ちゃん、結婚おめでとう。またみんなで△△行こうね、末永くお幸せに~」
満面の笑みでバイバイと手を振りミスなく決まった、これでOK。

自撮り棒を片付けながらハッピーな笑顔も引っ込める。
「だるいわー」
あーめんどくさかったとぼやきながら二人は去って行った。


私は別に驚かなかった。
同性同世代の結婚に複雑な気分になる、
まあよくあることだと思いながら昔の友人の一人を思い出す。


十年以上仲良くしてきた一才上のMさん。
大手のOLでほっそりとした美人さんながら話しやすくて面倒見のいいところもあり、
みんなから信頼されてるお姉さんという感じだった。

唯一の弱点はとある男性芸能人が好き過ぎるところだった。
20代終盤になってもそのスターの公演にせっせと通いつめ
「リアルな彼氏を作らなきゃいけないのは分かってるけど、彼を見てしまうと周りの男子を見てもトキメキを感じない」と話していた。

ある夜、Mさんと飲んだ帰り道
私は「最近付き合いはじめた人から結婚を前提でと言われた」と報告した。

自分は「私たちラブラブなの♪」とか
「彼は○○大卒で収入は○○円もあるの~」というのは苦手なので簡潔に淡々と伝えた。
相手は普通の会社員で別に自慢になるような話でもない。

Mさんは立ち止まると、険しい顔になって
「え!?ずるい」と言った。
私は予想外の反応に驚き戸惑った。

今まで彼氏の話や親が見合い話を持ってきたなんて会話を普通にしてたけど
彼女は真面目に「それは○○だと思うよ」 などと返してくれてて
そんな怖い顔で反応されたことなんてなかったから。

私は慌てて違う話題にしたけど、気まずい空気は変えられなかった。
おやすみなさいと駅で別れたのがMさんの顔を見た最後だった。

以後 Mさんからの連絡はパッタリとなくなった。
こちらから連絡しても素っ気なく対応され、食事でもと誘っても時間が作れるのがいつになるか分からないと言われた。

何がいけなかったのか分からないけど、もう会うことはないんだろうなと察した。

私も同じアーティストのコンサートに頻繁に行く方だったので、
リアル彼氏よりスターを追いかけてしまう仲間と思っていたのに裏切られた…と感じたのかも知れない。

こちらに悩みがあると親身になって聞いてくれたし、合コンからちょっとした旅行まで色んな所へ行った。

一緒にたくさんの思い出を作った人だ。

どんな形であれ 彼女が現在幸せに暮らしているといいなと思う。





学校がイヤ


NHKで不登校に関する番組をやっていた。
この頃は犯罪レベルのことをやる生徒がいるし
イジメを受けているから行きたくないというのは私にも解るが
最近はそれ以外の理由で行かない子供も多いらしい。

現在不登校の子供たちがイジメ以外の理由で挙げたものとしては
・クラスの雰囲気が嫌 ・校則が嫌
・心を許せる人がいない ・先生が信用できない
・授業がつまらない分からない etc.

子供に、中学に不登校の子はいるのか聞いたことがある。
体が弱いわけじゃないのに時々登校の子がいる、来たら普通に授業を受けクラスメイトとしゃべっているという。
こういうハッキリした原因が分からないケースは対処の仕方も分かりにくく親も先生も困ることだろう。

自分が小中学校のとき、こういうことはなかったので正直よく分からないという感じだった。
しかし子供が小学生のとき一緒に登校していた班の子のうち二人が中学で不登校になり 他人事とは思えなくなった。

二人とも普通のサラリーマン家庭の子で母親もPTAや子供のための活動に積極的に参加しているうちだったからだ。 
家庭環境が普通じゃないからこうなるというものでもない、と遅まきながら知って少しは情報を見るようになった。


今と昔では状況が違うので、現在苦しんでいる人の参考にはならないが
自分も学校に行くのがすごく嫌な時期があった。

授業も部活も人間関係も、楽しいことなんて一つもなかった。
嫌がらせをしてくる生徒もいた。
同じことをしてもある生徒は怒られなくて私は怒られた。
運動神経も打ち解けた関係のクラスメイトも持たない状態でさせられる球技なんてほぼ拷問。

それでもとりあえず学校に行っていた。
今の子供は欠席している間ネットやゲームをしているらしいがそんなものはない。
家にいても心が休まることも面白いこともない。学校に行くしかやることがないのだ。

とりあえず高校くらい卒業しておかないと大人になっても仕事がないだろうと認識していたのもある。
学校に行かない=未来は無収入 というイメージを持っていたのは当時は自分だけではなかった。

けっこう過酷な日々だったけど、私の場合は学校に行っておいて良かったと思う。
中学校生活で得たものは何か?と聞かれても全く思いつかない。
それでも行っておいて良かったと断言できる。

学校行く意味が分からないという理由で行かない子供もいるらしい。
意味がないように思えても、誰かが勝手に決めた義務に思えても
とりあえず敷かれたレールの上を歩いておくというのも一つの生き方だろう。

何と言われてもこれがやりたい!学校行くヒマがあったら自分の目指すもののために頑張りたい、
そんな確固たるものがある人には学校なんてどうでもいいのかも知れない。

でも私にはなかった。
だからイヤなことが待ってると分かりながらも学校に行っていた。

腹が立つとか悲しいとか感じないようにする。
何があってもテレビの向こうの出来事のように、他人事として見たり聞いたりすれば何とかなる。
そう言い聞かせながら田んぼの中の通学路を歩いていた。