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個性のある場所


英会話を習っていた頃
メガネを外したときアメリカ人の先生(男性)が
「何それ、見せて」と言うので手渡したら、面白いねとしげしげと見ていた。

ごく普通の茶色いフレームの眼鏡だけど、裏側が花柄というのが珍しかったらしい。

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先生はメガネを私に返して「少し前に○○先生宅のホームパーティーに行った時
やはり日本人の女の子が シンプルな黒い靴だけど内側は豹柄というものを履いていた
なぜ日本人はこういう物を作るのか?」と言った。


なぜかと言われても私が作ったわけじゃないから分からない
裏と表が違うからこのメガネを選んだわけでもない…
という答えでは会話にならないので 自分なりに考えて答えた。


昔は身分によって着るものが決められていて
お金があるから好きなようにできるというものでもなかった、
なのでファッショニスタは裏地など見えない部分で個性を出していた名残かも知れない。👘
現在でも日本は周りに同化することを良しとする傾向があり、特に会社員などは目立つことを歓迎されない
しかし自分の好みも追求したいというニーズに合わせてできた商品ではないかと思う。

…という感じのことを言った。
私の思いつきで言った見解だけど、なるほどという感じで先生は聞いてくれた。

何の疑問も感じたことがない事柄に、こんな質問が来たりするから日本人でない人と話すのは面白いなと思う。



ところで新聞の投書欄を見ると たまに若い人の意見が載っていて
「私は学校の制服は要らないと思います。みんなと同じ服では自分の個性が出せないからです」
という類いの意見を見る。

まあ昔も今も若者が考えがちなことではある。

制服があることで家庭の余計な出費が押さえられてるなんて学生のうちは考えないし。

でもねぇ…と若者でなくなった私は投書欄の○川△香(16歳)さんに言ってみたくなる。

嵐などアイドルグループがお揃いの衣装を着て並んでる時とか
みんな同じに見えて個性がないと言う人いる?
いないよね?五人ひとりずつ違うよね。

部活で全国レベルの大会行く子はユニフォームで、
自由研究で市の表彰を受けるような子は制服でインタビューを受けている。
だけどちゃんと見た人の記憶に残る

服の力を借りないと印象に残らないのはその程度の個性しかないということ。

私も十代の時は「制服があるから自分が出せない」と思ってたことあるから気持ちは分かるけどね。

昔の十代の言うことなんて今の十代のあなたには響かないかも知れないけど。
私の場合はね、
流行とか友達ウケとか関係なく「自分は心の底からこれが好きだ」っていうものを見つけたら
制服を着てても「自分がない」とは思わなくなったよ。



お読みいただき ありがとうございました
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望んだ場所じゃなくても


息子は中学で卓球部に所属していた 🏓

二年になった時 顧問の先生が変わり、卓球経験者である前の先生からM先生という男性教師になった。
M先生は本格的にサッカーをやっていた人らしく、
先生の息子さんも地域の少年チームで活躍しているという。

部員の親の中には経験者ではないことで不満を漏らす人もいたらしい。
私は特に不満はなかったけど、こういうふうに決められてM先生も戸惑っているだろうし
その不満の声を先生が耳にしたら辛いだろうなと思った。


M先生が顧問になってから、部活動のやり方が少し変わったようだった。

走り込みなど基礎体力も重視するようになり 息子は家でも腹筋などをするようになった。
時々配られるプリントには 普段の生活態度で気をつけるべきこと・礼儀の大切さ・スポーツする者にとって適切な食事について書かれていた。


M先生に変わって何ヵ月かして試合を見に行ったとき雰囲気が変わったなと思った。
みんな勝負に対する気合いが違うのだ

団体戦のメンバーの中にはウチに遊びに来る子もいて、ぐだくだした姿勢でゲームする姿も見てるけど
今ラケットを手にして相手を鋭い眼光で見据える様は別人のよう。

試合を離れて談笑する時は普通の部活少年たちだけど
二回戦を迎え コートに向かって歩く彼らの背中が絶対勝ちに行くぞと語っていて 話し掛けちゃいけないような気迫に溢れていて、
アスリートの背中だ…と思ってしまう頼もしさがあった。


卓球は未経験でも 先生は自分ができることを一生懸命やってくださっていることがひしひしと伝わった。

サッカーの練習で得たもので卓球にも応用できることを
教師を務めてきた経験の中で 人として忘れてはいけないと思ったことを
出来るだけ限り部員に伝えようとしていることを実感した。

卓球部の顧問は先生にとって不本意な決定だっただろう、
でもその中でベストを尽くすM先生に尊敬しかなかった。


会社勤めをしていて あまり好きでない部署に配属になってしまったとき
はぁ~早く5時にならないかなと思いながら仕事をしていた自分とは志が違い過ぎてつらい…。


生徒たちが全力で挑んでゆくひたむきさと 子供がぐんぐんと伸びていく姿に感動をもらった。
でもそれ以上に、望んでいたのとは違う場所でも
真剣勝負で生徒たちと向き合うM先生の姿に心を打たれた。


小学生の時から卓球を習っていた生徒もいたけど
半分以上は初心者だった息子の学年を団体戦準優勝にまで導いたM先生は、現在サッカー部の顧問をなさっているという。


好きな場所にいる時や得意なことをしている時は
誰しも生き生きするし頑張れる、
でも そうじゃない状況になった時どう過ごすかに
人格が表れるのかも知れない。



お読みいただきありがとうございました ☺️


何回あるのか


空気が冷たさを帯びてきたのでセーターを買いに行く。

割りと広い店舗で 25~30歳の女性二人と男性一人がいる。
3人ともアパレルのスタッフらしく垢抜けている。

なのに何故かひとりの女性にばかり目が行く。
「いらっしゃいませ」と言いながら服をたたむ。
みんな同じことをしてるのに彼女の周りだけ明るい。

試着しようかなと考えてる私に気がついて彼女が接客してくれた。
近くで見ても内側からキラキラが溢れるような笑顔。

星が雫になったような綺麗な指輪をしていたので
思わず「素敵な指輪ですね~オシャレ系のものですかマリッジ系のものですか?」と尋ねて
彼女がもうすぐ結婚することを知った。

会ったばかりの人なのに、わぁ良かったねとこちらまで喜ばしい気持ちにさせる空気。
これが幸せオーラってやつか…
自分の結婚前はどんな感じだったか昔過ぎて思い出せない(笑)



知人に 学生時代から絵が好きだった年上の女性がいる。
息子さんが自立してから本格的に創作活動に力を入れ
数年前 念願の個展を開いた。

普段は普通の主婦という感じの人だけど
個展のオープニングに着物姿で現れた彼女もそうだったなと思い出す。

着物が醸し出す華やかさに 幸福感とかやり遂げた自信のようなものが加わって、ちょっと違う世界の人みたいだった。


自分はオーラが出てたことなんてあるのかな?
この先 オーラが出てると思われることってあるのかな…。

有名人とは生活の異なる普通の勤め人や主婦って
そんなふうに思われることが人生で何回あるんだろう。


大願成就の一要素


昨年の秋は子供の高校受験で、懇談会とか模試という言葉を頻繁に聞いていた。

親にできることは主に健康管理と塾の送迎くらいで
いつも以上に食事に気をつけたり、インフルエンザの予防接種を受けに行ったりしていた。

そんな中、ある新聞広告を見た。
人気のミュージカルが地元のホールに来る。
華やかさと実力を持った宝塚出身の女優さんが主演で
いろんな人が本にしている馴染みのあるストーリー。
行きたーい‼️ 次いつあるか分からないし

詳細を読むと公演は12月、
学校の面談で受験する高校の最終決定をする週だ…。
何日か未練がましく広告を見ていたが、結局行くのはやめて広告を捨てた。

子供も趣味や友達と遊びに行くのを我慢している。
ワタシは好きなことしてくるからアナタは勉強頑張ってね~というのも何か違う気がした。

母親が口癖のように言っていた
「あれもこれもは無理 達成したいことがあるなら一心不乱にやらないと」
という言葉も心のどこかにあったのかも知れない。

こういう時
「受けるのは子供なんだから親が何をしてるとか関係ないんじゃない?」という人もいる。
実際 子供のセンター試験の日にご贔屓の公演に行ってた知人もいる。
(結果は、、言わないでおきます…)

私も 例えば十年以上応援してた人の引退公演なら 後ろめたさを感じつつも行ってたかも知れないが、そこまでの思い入れは無かった。

なので、気休めでもいいから直感でこうしたほうがいいと感じたようにした。
寝ぼけてても第一志望に合格できますと言われてるなら神頼みも要らないが、うちは子供が高めのハードルを選んだのでギリギリだったし(笑)

こういう願掛け的なものって若い人はどう思うのか、いつも髪のカットをお願いしてる20代の男性美容師さんに聞いてみた。

「自分だったら行かないっすね」
迷う様子もなくサラッと答える
「チケットが取れて 急病とかアクシデントもなく公演を楽しめるのもラッキーなことじゃないですか、
だったらその運を子供の一世一代の勝負に回してやりたいっていうか」

もっとドライな考え方かと思っていたので少し意外だった。
若くても家庭を持ち 子供を育ててる人だからかも知れない。
「なるほど。そんなふうに考えるなんていいお父さんだなぁ
お子さん きっと幸せになりますよ」




親が娯楽を控えると子供の成績が上がったなんてデータはないけれど
戦う自分の背中を親が見ていることは子供に伝わってた気がする。

風が暖かくなってきた頃 🌸
そんなことを思いながら入学案内の封筒を開けた。


























お稽古ごとの意味


20代半ばで独身という頃、
仕事にも慣れて時間的な余裕もでき 習い事をする女性が周りに増えた。

私自身は母の勧めで茶道(裏千家)を習っていた。
両手に物を持っていると足で扉を開けるような女子力のない自分だったが、
一年もしないうちに所作や姿勢の良さを誉められるようになったのだから 親の言うことは聞いてみるものだ。

他にもアナウンス教室へ行く人 パン教室へ通う人など、皆それぞれ楽しそうだった。

一才上のある友人は時間的・金銭的余裕はあるけど習い事をするつもりはないらしい。
「それを習ってお金を取れるレベルになるならいいけど、漠然とやってても意味がないでしょ」と言う。

家でゴロゴロしてるよりは 少しでも何かしら学んだ方が有意義な気もするけど、
まあ考え方は人それぞれだろう。

先生や選手になって稼げないなら習う意味なしと言うなら
ほとんどの習い事や部活はムダってこと?と思ったけど黙っておいた。


あれから十年以上が過ぎた。

私は夫の仕事で海外に住むことになった時、
茶道のお免状があるということで 現地の交流会や学校イベントでお声がかかり 少しだけお役に立てた。
茶道を習い ある程度お道具を揃え、破損を心配しながらも水差や茶碗を持ってきて良かった。

なんとなく心が落ち着くから続けていたことだけど
日本から遠く離れた国で喜んでもらえて コミュニケーションのきっかけになったことが嬉しかった。


パンを習っていた子は、その技術がそのまま美味しい朝食やおやつ作りに役立っている。
朝、焼き立てパンの香りで目が覚めるなんて家族は幸せだなぁ
子供はお母さんを見ているせいか、男の子だけどお菓子作りが上手い。

アナウンスを習っていた子は当初の目標だったブライダルの司会は諦めたらしいけど、
時々依頼されるカラオケ大会の司会で定収入とは別の収入が得られて助かると言う。
普段会わないような色んな職種の人に会えるのもいい刺激らしい。

目標を立てて必死に努力するという習い事も大切だけど
ゆるく続けていたことが 思いがけない場面で役立ったり生活の潤いになることもある。

何かを学んだけど意味なかった…なんてことはない。
わけあって続かなかったとしても、知らない扉を開けてみた自分のチャレンジ精神を褒めてあげたい。