fc2ブログ

変わってない / 母親を見送ったあと


前の記事で、お気遣いやお悔やみなど 温かいコメントをありがとうございました

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実家の片付けをしてたら、私の成績表が発見された
お母さん こんなものまで何十年もちゃんと保管してくれてたのか‥


小6のときの行動欄を見たら「協調性」に△がついてて
この頃から 周りに合わせることが苦手だったんだな〜と笑ってしまった

202403280326333a2.jpg

だけど、クラス全員でやるべきことをサボった記憶はなく むしろ率先してやってたのに‥とも思う


確かに私は 周りがこうしてるから自分もというタイプではないから、不当な評価ではないけど
この時の担任の先生(中年男性) たぶん私のことが嫌いだったと思う
私も苦手だったけど 

自分の学年の1〜2個上にNさんという生徒がいたんだけど
Nさんが自分の教え子だったことについて やたらと自慢話をする

「Nはこの学校で初めて 女子で生徒会長になった生徒なんだ
会長に立候補するように勧めたのは僕で、リーダーとは何をするべきかをNに教えてあげた」云々

これ何回も聞かされるので、みんなウンザリしてたんですよね


ある日また「Nが会長になったとき〜」って言い出して、こんな話もういいから早く帰りたいと思って
私が「でもNさんが会長になって 別に学校が良くなったと思ったことないです」って言ってしまったら
先生 固まってて
ていうか教室の空気も凍りついてたかも


思ったことをそのまま言うの良くないな‥とその時は反省したけど


今もあんまり変わってない気がする笑
成績表のせいで 変なことを思い出してしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

仏壇や大きな庭石など、手放すのが簡単でないものが まだいくつもあるけど
片付けや各種手続きが全て終わったら、たぶん家は取り壊されることになる 🏡
そこに住みたいという親族もいないし、自分が幼少の頃に建てられた家で 老朽化も見られるので

その後どうするのがいいのか、話しているところ
駅から徒歩数分の場所なので、同じ状況のご近所は 新しい宅地になってたり駐車場にしてたり。

小中学生の通学路にもなっているので
「駐車場にするなら、四畳半のプレハブで管理人室を作って 読書しながら町の安全を見守りたい」
と思いつきの隠居ライフを話してみたら
夫に「夏 暑そうだねぇ」と現実的なことを言われました笑

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

🚗私が「こんにちは〜」と実家に行くと
裏庭の畑にいた母がこちらに来て「お昼作ってあるよ」「このキュウリ持ってく?」と話していた時は
なんて幸せだったんだろうと 今でも時々しんみりする

でも その家を生かしていた主は もういないのだから、箱だけ残っていても仕方ないのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

告別式のすぐ後の晴れた日

昨年から 大学生息子が計画していた海外旅行のフライトの日で
私は「もうちゃんとお別れしたんだし、行って楽しんできたらいいと思う
そのためにずっとバイト頑張ってきたんでしょ?」と送り出しました


 自分の子供に限らず 若い人は、今しかできないことをたくさん経験してほしい
 それは記憶の中の宝物になるし、人生が曇り空のときも 心を温めてくれる思い出になるから✨


荷物はリュックと釣り竿だけ
「しばらく花粉から逃れられる」と言いながらタイに飛んでいきました🇹🇭

楽しんできてとか 私が言わなくても、十分満喫してたようですが


↓バラマンディという魚 現地ではレストランでも使われてて タラのような味だそう
20240329075527276.png
202403280631319e2.png

🐯トラさんと触れあえるスポット この近さなのに繋がれていません
彼は尻尾を手に乗せてきたそうですが 私は怖いから無理…


お読みいただき ありがとうございました
良かったらクリック応援いただけると励みになります♪

40代ファッションランキング

スポンサーサイト



お知らせ


いつも ご訪問ありがとうございます
20240318161027b35.jpg


 母親が他界したため 更新お休みします


昨年 冬、大きな手術をした後 レントゲンやデータを見せてもらいながら
「できるだけのことはしたけど、もう回復して退院することは考えにくい」と説明を受けました

その後しばらく泣いてて、別れについて 心の準備はできてたけど

生まれ育った場所である実家がなくなる、もう帰省する場所がない、と思うと
何とも言えない気持ち

父のときは、供養を終えたら一段落だったけど
今回は『実家じまい』という大きな仕事があります。


一年前の春 整形外科の通院の帰りに一緒に桜を見たとき
夫も 四人いた兄弟も 子供のころからの友達も他界したことについて何か思ったらしく
「どうして私だけ こんなに長く生きてしまったのかなぁ」と ひとり言みたいに言ってて

娘たちが近くにいるとは言え それは確かに寂しいだろうな‥と思ったので
タイミングとしては悪くなかったのかも知れません。


孫たちが 希望の大学に入学したことをとても喜んでいて、成人するのも見届けたし
入院中も つらいとか痛いという言葉を口にすることなく過ごしていたので
「心穏やかに過ごせた晩年だったかな」という気がしてます。


お花の好きな人だったので、春に見送ることができてよかった


それでは。

20240319041256c91.png


40代ファッションランキング



くもり空の下
車を走らせて病院に行って 母親のお見舞い

前よりは顔色良くて 少し話せるようになってたけど
もう一緒に散歩したり ごはん食べに行ったりすることはないんだろうな‥と思ったら
病院を出ても 口にする言葉が浮かばない

「これ 玄関の前に植えるといいねえ」と言いながら ホームセンターで一緒に花を買っていたのが
遠い昔のことみたいに思える


姉が「どこか寄ろう、コーヒー飲めるところ」って何度も言うので □□珈琲に入って

「誕生日だったのに 何もしてないからケーキ奢るわ」と言われ
ホイップクリームと果物をのせたパンケーキを頼んだ 食べてみたら美味しかった
たぶん1人だったら食べる気してない


年が離れてて 一緒に遊んだりとかなかったけど

兄弟がいるって 有り難いなと思った。  

20231215232244440.png


40代ファッションランキング


50代ファッションランキング


お土産と負い目


先日「仕事で仙台に行ってたので」とお土産にお菓子をいただいた

『萩の月』って名前はよく聞くけど、食べるのは初めて 
どんな味かなー 
開けて2つに割ってみると ふわふわの生地とカスタードクリーム
2023101614102828a.jpg
美味しい♪ 卵をいっぱい使ってる感じの優しい味 これかなり好き
家族も気に入って 6個入りがあっと言う間に無くなりました

1個づつキレイな小箱に入ってて バラしてもギフト感があるから 職場などで配るのにも良さそう

最近、親しい親しくないに関係なく とりあえず全員に1個づつ渡す小さなお土産を
【バラ撒き土産】って言うけど、初めて聞いたとき
「なんかヤケクソであげてるような語感だな」と思いました笑

他に適当な言い方がないから 普及するのも分かるんだけど、相手への愛は感じない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

🍵お茶の器は 一昨年頃アウトレットモールで買いました
「ワイルドストロベリー」はウェッジウッドのアイコン的モチーフで商品の種類も多いけど
JapaneseTeacupというのは初めて見て、日本茶用があるなんて面白いなと思って購入
小さめで場所を取らないし、ティーセットより気軽に人気の柄が楽しめるので 買って良かったです

ウェッジウッドは無地のティーカップも持ってて
メーカー名を言わずにお客さんに出しても褒められるので
老舗の製品はやっぱり何かが違うのかも
2023101615051243d.jpg
と言っても ティーカップは私が選んだのではなくて
イギリスにいた頃、引っ越し(帰国)のため 荷物を減らしたい奥さまがタダでくれたもの

🇬🇧駐在生活の間は「日本ではお高いブランド食器がこの値段、買わなきゃ損」と増えていくけど
いざ帰国となると「日本の家はそんなに置き場所ないんだった」と気付いて手放すという
割とよくある話(笑)

10年以上経ちますが、今も有り難く使っております。

▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪

お土産というと思い出すことがあって。

子供が小さい時「みんなで◯◯に行ってきたよ」と実家の母親にお土産を渡すと
母親がお礼を言いながら、いつもこう加えていて

「私は 娘をどこにも連れて行ってあげられなくて 申し訳ないと思っていたけど
ダンナさんが家族をあちこち連れて行ってくれる人で 本当に良かった…」って しみじみと言う。

何度か書いてるように、父親の健康上の理由で 私は家族旅行の思い出がないんだけど
それを不満に感じたことはない

母親が家族のために毎日一生懸命、仕事や家事や介護をしてるのが分かってたから。

やりたいと言った習い事は全部させてくれて
この本面白いと言うと全巻買い揃えてくれて
その時に できる限りのことをしてくれた

申し訳ないとか 負い目を感じる必要なんてないのに、ずっとそんな風に思っていたなんて…
なんだか言葉にならない気持ちになった、お土産渡しの思い出。


お読みいただき ありがとうございました
良かったらクリック応援いただけると励みになります
2023.10.16

40代ファッションランキング


祖父と戦後


自分が中学の時まで、家には祖父母がいた
ちびまる子ちゃんのような三世代同居の家族

祖父は国鉄職員だったけど、戦時中はミャンマー(ビルマ)に行っていたという
戦地がどんなものだったか 何をしていたのか、誰にも語らないまま亡くなっている。


うちにたくさんある写真の中でも
一枚だけ きちんと包まれて保管されていた家族写真がある
若い祖母や まだ小さい父親と兄弟たちが映るモノクロの写真

それは祖父が出征中に肌身離さず持っていたものだと母親から聞いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は いくつもシワのついたその写真を見て
「戦争って 本やテレビの中の話じゃなくて本当にあったことで
自分と血が繋がってる人も あの場所にいたんだ」と心に刻んできたような気がする。

大人になって 太平洋戦争に関する本を読んだり、ドキュメンタリーを見て
悲惨じゃない戦地なんてないけど、ミャンマーはさらに凄惨を極めていたことを知って
よく祖父は帰ってこられたなと思った。

ただ ミャンマーという場所は、学校でも 観光地や文化としても詳しく知る機会がなくて
そこに祖父がいたということが上手く想像できなかった

なので、20代の終わり頃
アジア旅行を趣味にしている古い友人から「ミャンマーに行くけど一緒にどう?」と誘われたとき
あまり迷いもなく「行く」と返事した。

20230814181342fe6.png

前半2日は、都市部ヤンゴンで 有名なパゴダ(仏塔)を見たり 街歩きをして
後半は 地方に飛び、山あいの昔ながらの雰囲気の村を歩くというプラン

山間部で小さなバスに乗っていると
バナナの葉で屋根を葺いてるような家があったり
スーパーカブにリヤカーをくっつけた乗り物が走っていたり、本当に遠くに来たことを感じた

昼と夜の寒暖差が予想以上に厳しくて
南方でも震えそうになる夜もあるのだと 初めて知った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分たちの泊まる場所は 坂を登った所に建つ 水色に塗られた木造二階建てのホテル
戦時中はイギリス軍の病院だったという

軍のための病院があるということは、この辺りでも戦闘があったのだろう

こんな辺鄙な所にあるホテルでも、白いテーブルクロスに銀のポットで紅茶が出てくる
イギリス人って こんな僻地にまで紅茶文化を普及させてたんだね‥と友達と突っ込む。


滞在2日目
友人はトレッキングに参加する手続きをしていたが、普段から山歩きなどしない私は
体調を崩したり 足手まといになると悪いから 1人でぶらぶらすると伝えた。

朝食を済ませて出かけようとすると
フロントの男性が「とても暑いですよ」と、かさ地蔵に出てくるような笠を持ってきてくれた
ここに返しにくればいいのかと聞いたら、あげると控えめな笑顔で言うので好意に甘えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あまり地図も見ずに気の向くまま歩いて
小高い場所にある 小さなお店が並ぶ場所に着いた

丸いドーナツみたいな揚げ物を買って、店先に置かれた お風呂の椅子みたいな高さの腰掛けに座る

日差しが日本のとは違う強い光り方で 一瞬目が眩む
山のふもとに白いパゴダが並ぶのが見えて、顔を上げると緑の山々
左手には かつて戦争で傷ついた兵士たちが運び込まれていたホテル


不意に 祖父の顔と大柄な後ろ姿が脳裏に浮かんで
もしかしたら 祖父はここに来ていたんじゃないか
理由もなくそんなことを思った
ここではなくとも この国のどこかで戦っていたのだ

銃撃音が止んでいる わずかな時間
木の陰に立つ祖父が すりきれた封筒から写真を出して眺める姿を想像した

無口な人で あまり会話を交わした記憶もないけれど
ここから生きて日本に帰ってきてくれたことに、ありがとうと言いたくなる。

私は椅子から立ち上がって ミャンマーの空を仰ぎ見た
眼下の仏塔に向かって手を合わせた後 何も語らぬ山々に手を合わせた

墓標はないけど、遠く離れた異国で倒れ 日本を思いながら亡くなられた兵士のために祈った。


法事で住職が話していた「故人は40年過ぎたら 違う人に生まれ変わっていますよ」が本当なら

彼らの次の人生は、栄養ある温かい食事と 柔らかい寝具と家族の声がある場所で最期を過ごす
そんな人生でありますようにと、願わずにはいられなかった。



お読みいただきありがとうございました

40代ファッションランキング


50代ファッションランキング






プロフィール

raffine

Author:raffine
活字が好きなアラフィフ主婦 家族は夫と息子とカメ🐢
近鉄線圏内在住
お出かけ先は美術館や美味しいお店などインドア中心です

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR